Pass the Baton!【009】平良 亜矢子 (AYAKO TAIRA)

Pocket

Pass the Baton! 009は東京より
平良亜矢子さんのインタビューをお届けいたします!

プロフィール

AYAKO TAIRA

Ayako Taira

Ayako Taira

平良亜矢子 /  Ayako Taira

北海道生まれ、沖縄育ち。

幼少期より7年間ピアノレッスンを受ける。

中学時代、演劇と出会い声で表現する魅力に気付く。沖縄の口承民話を形に残す活動をしていた国語の先生の誘いで、琉球民話や沖縄戦を題材とした舞台作品に参加。県内各地で2年に渡り上演、琉球新報賞を受賞。演劇の要素全てに興味を抱き、脚本演出・衣装舞台・製作など全てを自らが担った作品を文化祭で上演。

高校時代、ポップスバンドでボーカル&ベースを担当。

立教大学在学中、小劇場演劇に魅了され役者を続けながらも、R&Bと出会い徐々に音楽に傾倒。シンガーソングライターとしてライヴ活動、アルバム製作、音楽事務所等へ詞の提供を行う。

1995年 野瀬美代子氏(vo)に師事、ジャズに触れる機会を得る。ポップスやR&Bを歌う仕事の傍ら、自然とジャズボーカリストとしてのキャリアもスタート。

1996年秋、NYにて集中ボイストレーニング。ブロードウェイのボイストレーナー・Carl Jhonson氏、オルガニスト・Jimmy Sigler氏、ボーカリスト・マユミ ハラダ氏等のレッスンを連日受けつつ、ジャズクラブへの飛び入り、現地R&BシンガーのレコーディングにVoiceで参加、ハーレムの教会にてゴスペル隊と共に活動させて頂く等の機会を得る。

1998~2015 Jazz理論を小林洋子(P)氏に師事。

1999年 SEGA SOUND TEAM、CD「Radio DC」参加。オリジナル楽曲CD 「鳥の歌」リリース。

2004年 代々木ナル第9回ボーカルオーディション受賞。岩原PITT IN にて辛島文雄氏(P)ソロ X’mas Live ゲスト出演。

2005年より2年間、元青い三角定規・西口久美子氏のショーにChoで参加。

2010年 アルバム「Inner Reserves 2 ~ meet Burt Bacharach」に参加。

2014年 リーダーユニット「Water Me!」1st CDリリース。

2015年 「AllOfMeClub 20th Anniversary CD」に「Water Me!」の作品を収録。

同年12月、銀座「Jazz & Soul Bar The Deep」をオープン。

 

ディスコグラフィ

(画像をクリックしていただくとAmazon.co.jpストアをご覧いただけます)

Water Me!
SUNMOON music (2014)
Water Me !

 

 

 

平良亜矢子  インタビュー

 

  • ジャズを歌い始めたきっかけは何ですか?

 

学生時代、ボイストレーニングに通い始めた理由は、役者やシンガーソングライターとしての活動をより充実させたい思いからでした。当時ローディーとして現場を勉強させて頂いていたヤヒロトモヒロさん(per)にご紹介して頂いたのがジャズボーカリストの先生で、そこでボイトレの課題として出された練習曲がジャズスタンダードとの出会いです。

当初は、曲そのものは興味を抱きつつも、それを歌って楽しいかは別でした。様々な名盤を聴けば聴くほどリズムが難解に感じ、理解できない自分が悔しくて、同じ曲を何度も聴いて真似をしたり、ジャズ理論を教わってみたり。

そんな日々が数年過ぎ20代も終わりに近づいた頃、街角で流れるジャズをたまたま耳にした瞬間、スウィングの感覚がすぅ〜っと体の中に入って来たのです。それから私の世界は一変しました。ジャズのなんとカッコイイことか!ジャズとは、このリズムなのだ!曲や音使いもその上でようやく活きると。それからは、それまで歌っていた8ビートや16ビートも、よりグルーヴを感じるようになり私の中で生き生きと響き始めました。そしてそれらの曲を時にはスウィングさせる自由な楽しさも知ったのです。

当然、英語の感じ方も変わりました。洋楽を歌う為に数年に渡って、アメリカ大使館に赴任した外交官の奥様方にマンツーマンの英語クラスをリレーで受けさせて頂いていたので、英語と音楽のリズムが密接に関係していることは既に感じていました。しかしジャズのそれは、より奥深く心地良くリズムと一体で、単語の最後の子音が発音されるべきタイミングや音量のコントロールが、自然とスウィングを際立たせる。

私にとっては、あの街角にいた日が、ジャズを歌い始めた日です。

 

  • もっとも尊敬するアーティスト、お気に入りの作品は?

様々な歌手の様々なテイクが好きですが、最も心にしっくりくるのは、カーメンマクレエ。

 

  • あなたにとってのジャズとは?

2010年半ば頃、難病と闘いながらコンポーザー・アレンジャーとして活動していた旦那さんの病状が悪化し、私も看病に専念する為に休業しました。翌年春に彼が亡くなったのちは、外界や音楽への興味を失い、時が流れる淋しさばかりを感じ言葉も発せず、未来はただ虚無となりました。

半年も経ったある日、夜中にふとつけたCS放送に映し出された、アニタオデイの歌唱。小さな救いのような温かさが心に灯り、吸い込まれるように見続けました。その後の日々は人生で2度目の、ゼロの状態から一つ一つゆっくりと、音楽をそしてジャズを好きになっていく経験。声を出してみたい、思いを表現してみたい、歌ってみたい…幼い頃そうであったように音楽を初めて好きになる…再び辿ったこの得難い過程は、後の私の音楽活動の核となります。

ほどなくして、友人に背中を押されライヴにゲスト出演させて頂いたのが第一歩となり、徐々に活動を再開しますが、スタンダードの歌詞は、人を愛したり失ったり、恋人との未来に思いを馳せたり過去を振り返るものばかり。それまで幾度となく歌った曲達が、まるで姿を変え現実の人生の縮図として鮮明さを増し、どの曲を歌っても涙が止まらないのです。その涙を抑え、感情は表現として声に残す。そこに至るまでにまた数年を要しました。

ジャズとは、生き様の語り。聴く者の心を揺り動かす力を持つ音楽。

 

  • アーティストとして将来の目標や今後の抱負などお聞かせください。

 

40歳目前にして音楽を好きになることから始まった新しい日々は、かつて想像もしなかった未来を新たな経験や試みにより切り開くチャンスを得たのだと受け止めました。昼間の社会を知る為にまず始めたのが派遣の仕事、初就職、運転免許の取得、そして妊娠出産子育て。その間にボーカルデュオへの取り組みも開始し、その全てが私の歌を豊かにしてくれたと感じています。

また、ボーカリストして数多くのジャズクラブやレストラン等に出演させて頂いた経験の中で抱くようになった様々な疑問や提案への、自分なりの答えを出す良き機会として、ジャズバーをオープンしました。歌を心で捉え常に芸術性や技術の向上も怠らないボーカリスト達が東京には多く存在しますが、キャリアを重ね指導者としての活躍やイベント出演が増える一方、煩わしさが多い都心のジャズクラブへの出演を控えがちになる方が多いのは、ジャズという商売で集客最優先の中身の無いブッキングをしたり出演者をホステスの様に扱ったり、行き届かぬお客様のおもてなしや料金設定が高い店が多く存在するのも大きな理由。

銀座という老若男女・仕事も立場も様々な人々が最も行き交う文化の中心地で、多くの人を感動させる力が彼らには充分にあり、その素晴らしいパフォーマンスに最低限見合う対価を得るべきでもあり、そしてその歌をリーズナブルな料金で寛ぎながらジャズファンのみならずより多く人々に聴いて頂ける店を作りたい。また、世界の中でもジャズミュージシャンが多くレベルも高いとされる東京で、人々のナイトライフを彩るエンターテインメントの一つに、未だメジャーとは言い切れ無い存在のジャズ生演奏がもっと身近にある時代が来ることを願って。

 

  • エデュケーターとしての活動で一番大切にしていることは?

 

今でもソロやユニットで時々ライヴを行いつつ、自分の店でもお客様のご要望があれば 数曲歌わせて頂くのですが、その際に時折、声の出し方についてのご質問を頂いたり、発声レッスンのご要望を頂いたりします。教室を開く程の規模ではないのですが、そのような方を対象にレッスンを行い、まずは自分の声への理解を深め、自然な発声を身につけ語ることが、歌の表現力には大切であるとお伝えしています。

但し、本当に自分だけの歌に辿り着けるのは、誰かに教わるチェックしてもらうという依存的状況からいつか抜け出し、独りになって自分自身と向き合う時間を持つことから始まると思っています。

 

 

  • 製作について

過去の作品のタイトルやコンテンツについて

Water Me!「Water Me!」 SUNMOON music(2014/11/18)女性ボーカルデュオ+ピアノトリオによる 5人編成のジャズユニット。

都内ジャズライブシーンの中核の1つ六本木「All Of Me Club」のオーナー金城純一氏が二つの声に魅せられて二人を引き合わせ、一緒に歌ってみると面白いのではと提案を頂いたことから、平良亜矢子(Vo)と小谷のりこ(Vo)のデュオが誕生。その独自の音楽性を具現化できるユニットを目指し、以前より数多くのセッションを共にして来た川久保典彦(Pf)と、田中洋平(B)大田智洋(Ds)に声を掛けたことから、ユニットは始まりました。

創ることになったきっかけは?

2012年7月の初ライヴ以降、私と川久保さんが中心となりジャズスタンダード、ポップス・R&B・童謡・オリジナル等の楽曲を独創的なボーカル&サウンドアレンジで表現しながら、メンバー各々に蓄積された個性的なジャズテイストで包み込んだ唯一無二の世界観が多くの音楽ファンの心を掴み、2014年秋、満を持して1stアルバム「 Water Me !」を発表。

 

製作スタッフ、アートワークについても教えてください。

レコーディング & ミキシングエンジニアに谷口文人氏(元ワンダーステーション)を迎え、躍動感溢れるも各々の個性を生かした繊細なサウンドが実現。マスタリングは MTCマスタリングの上田佳子氏によるダイナミックで華やかな仕上がり。そして、清廉さと個性が共存するアーティスティックなジャケットは山西崇文氏による作品で、「Water Me!」の想いが見事に視覚化されました。

 

 

  • 最後に、ジャズファンのみなさん、他のシンガー・ボーカリストのみなさん、またはJVAJの活動へのメッセージをお願いします。

私の個人的な長い話をお読み頂き、誠にありがとうございました。

最後に私を支えてくれた二つの言葉をご紹介します。

学生時代、劇団の先輩・相島一之さん(劇団「東京サンシャインボーイズ」に在籍後、現在は映画TV等でご活躍)と交わした会話の中で「続けた者勝ち」という言葉を頂きました。相島さんは学生時代あまり演技が上手い方ではなく、片や同期には明らかに演技力に秀でた友人がいらしたそうです。卒業後もお互いに演劇の道に進みますが、友人は30歳を迎える前に役者を断念して就職。後に相島さんは個性的な演技派俳優として脚光を浴びることとなります。「当時彼には役者としての才能が僕より遥かにあった。けれどそれは彼が役者を辞めた時点で止まっているんだよ。そして続けていた僕は、ゆっくりだけど成長して、いつしかあの頃の友人を追い越していたのだと思う。」というお話でした。私はこの言葉をいつも思い出していました。今ここに立っていられるのはそのお陰です。

もう一つは20代前半、シンガーとしての下積み時代に前座で歌わせて頂いていたショークラブで、定期的にゲスト出演なさっていた、フラメンコダンサー・故わりさや憂羅さん(フラメンコに日本的情感を融合させ、後に世界的にご活躍されました)に頂いた言葉。「本当の幸せを知っているからこそ悲しみを表現することが出来るし、本当の悲しみを知っているからこそ幸せを表現できるのよ。亜矢ちゃんならきっとそんなシンガーになれるわ。」うらさん、私は今どんな歌を歌っていますか?