アラン・ブロードベント(Alan Broadbent): INTERVIEW

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今回はニューヨークを拠点に世界で活躍するピアニスト、アラン・ブロードベントさんのインタビューです。

アランさんはピアニストとしての活動のみにとどまらず、作曲家、アレンジャー、指揮者としても多くの素晴らしい作品を世に出し、2回のグラミー賞受賞、7回のノミネートなど、現代のジャズを創って来た素晴らしいアーティスト。

このインタビューでは日本のジャズシンガーたちが直接、彼の音楽やジャズという芸術に対する哲学、アプローチなどに迫ります。アランさんから、シンガーやジャズミュージシャン、ジャズファンの皆さんへの想い溢れるメッセージも。

 インタビューを書き起こした英語の原文も、上のボタンよりご覧いただけます。

2019年9月4日ハーフムーンホール下北沢にて
インタビュワー:メイ・オキタ(ジャズシンガー、JVAJ代表)
井上有(ジャズシンガー、JVAJチーフメンバー)

アラン・ブロードベント:  インタビュー

今回の来日について

May(以下M): ブロードベントさん、こんにちは。

Alan Broadbent(以下AB): こんにちは、メイ。アランでいいよ。

M: 有難うございます、アラン。なんてことでしょう!こんな風に直接あなたとお話できるなんて思ってもいませんでした。素晴らしい機会を有難うございます。来日をワクワクしながらお待ちしていました!久しぶりの日本ですが今どんなお気持ちですか?

AB: そうだね、いつだって日本は大好きだよ。ホスピタリティー、人々の優しさ、そして音楽に対する関心、僕の音楽に興味を持ってくれていることもね。ここで耳の肥えたリスナーの皆さんのために演奏すると、とてもインスパイアされるよ。これまでにもたくさんのシチュエーションで来たことがあるんだ。カルテット・ウエストや、何年も前に、アイリーン・クラールとも一度来日しているね。

M: 実はその時のCDなど、お持ちしてみました。[アイリーン・クラールのたった一度の来日時のライブレコーディングアルバム“Angel Eyes: Live in Tokyo”と不動の人気を誇る”Where is Love?”を取り出して] エンジェル・アイズ~ライヴ・イン・トーキョー完全版Where Is Love?

AB: 持ってきたの!!それはすごい!

Aly(以下Al): 私もこれが大好きなんです。

AB: これは日本の友達と一緒に演奏した時のだね。

M: このライブレコーディングのアルバムのベーシストは稲葉国光さんですね。私も大好きな方で、実は結婚式のパーティーに演奏しに来ていただいたことがあるんです。なので個人的にとても・・・

AB: 繋がりを感じていたんだね!

M: はい、恐れ多いですが。

これまでの作品について

M: アランさんは私たちジャズミュージシャンにとってヒーローです。素晴らしいジャズピアニストとしてだけでなく、伴奏者、アレンジャー、指揮者としてもよく知られ、チャーリー・ヘイデン、チェット・ベイカー、アイリーン・クラール、シャーリー・ホーン、シーラ・ジョーダン、ナタリー・コール、ダイアナ・クラールなど多くの世界的な音楽家と活動を共にされて来ましたね。

ジャイアント・ステップス Thundering Herd CHILDREN OF LIMA  The Gentle Rain Second Chance Here's to Life Better Than Anything: Live UNFORGETTABLE WITH LOVE Ask a Woman Who Knows Take a Look
(一部のみ紹介)

AB: そうだね。

M: ものすごく多くの作品に貢献していらっしゃっていますね。歌い始めた頃からずっと、あなたのプレイに魅せられています。Diana KrallのLive in ParisやJane Monheit’sのIn The SunTaking a Chance on Love、といった作品はちょうど私がジャズを歌い始めた頃にリリースされたんですよ。

Live In Paris Taking a Chance on Love In the Sun

AB: なるほどね。

M: ですからアランさんの過去の作品を通じてジャズミュージシャンとして育って来たと言っても過言ではないと思っています。本当にたくさんのことをあなたの音楽から学びました。

AB: それはとても嬉しいことだね。僕たちのようなミュージシャンはね、家にこもって、練習しているでしょう?だから自分の仕事は本当に皆さんに楽しんでもらえているのだろうかって、ふと思ってしまうことがあるんだ。だからあなたのように音楽を知っていて楽しんでくれている人を見つけると報われる。仕事に没頭しているとね、そういうことが時々わからなくなるんだよ。でもそういう認識でいてくれる人がいるというのは本当に嬉しい。

M: アランさんのウェブサイトを見たら、本当にたくさんの作品が掲載されていて。私のお気に入りもたくさんありました。

AB: そう?それは良かった!たくさんあるように見えるでしょう。でも僕のキャリアは約50年にもなるからね。実際のところは1年に1枚といったところだよ。いっぱいあるように見えてもね、ほとんど1年に1枚みたいな感じ。でも自分の取り組んで来たことが人生やジャズにおいてなんらかの意味を成しているとしたら喜ばしいことだし、いつだって自分たちの奏でる音楽は愛を伝えるために重要だと感じているよ。

この商業ベースの世の中では、全てが何かを売るためだったり、お金だったり、”ミリオンセール”を狙ったようなものばかり。でも、我々にとって音楽は、もっと心に近いものなんだ。

M: その想いはあなたの音楽から確かに伝わっていると思います。

AB: 有難う。それが僕が音楽をやっている理由だからね。

M: そして私たちがアランさんを大好きな理由でもあります。

AB: (笑) そうだね…

M: 私はアランさんのトリオのようなインストゥルメンタルの(歌の入っていない)音楽も大好きですし、最新作も大好きです。それからカルテット・ウェストはただただ素晴らしいですね。現代のジャズミュージシャンにとってはバイブルのような作品だと思います。

New York Notes カルテット・ウェスト

AB: Sophisticated Ladiesというアルバムは持ってる? あれは素晴らしいアルバムだよ。

ソフィスティケイテッド・レディーズ

M: はい、私のお気に入りの1枚です!

アイリーン・クラールとの出会い、作品について

M: シンガーのコミュニティーであるジャズヴォーカルアライアンスジャパンとしては、やはり、アイリーン・クラールとのことについてもっとお伺いしたいです。言うまでもなくWhere is Love? は大好きな作品ですが、あれはシンプルにスタジオに行き彼女とともに奏でたというタイプの録音なのですか?それとも事前にある程度内容を計画していましたか?

AB: あれはまさに、その通り。君の言う通りだよ。何の計画もしていなかったね。僕たちは約1年くらい一緒に仕事をしていたんだけどね。

M: たったの1年ですか?

AB: うん、彼女の依頼していたピアニストがギグに来られなくなって、それで呼ばれたのが出会いだったんだ。僕のことは噂に聞いていたらしい。それ以来リハーサルをするようになって、翌年にはロサンゼルス近辺でライブをするようになって、その中で演奏した曲をいくつか録音することにしたんだ。だからスタジオに行って「アイリーン、何やりたい?」「うーん、わかんない、どれがいい?」というような感じだったね。

M: わぁ・・・。

AB: そう、計画的なものではなかったんだ。自然発生的な感じだったね。ジャズってそういうものであってほしいと思うのだけど。

M: すごい作品ですよね!ジャズシンガーはみんなWhere is Love? とGentle Rainの2枚は聴いていますね。他にもKral Spaceという作品がありますね?

AB: うん、僕にとってはあれがベスト作だね。でも入手するのがとても難しくなってしまっている。

M: そうなんですよね。私はジャズの先生から、これらのアルバムを徹底的に聴き、あなた方の奏でたものを感じ、真似することでそこから学ぶということを教えていただきました。なので本当に繰り返しこのアルバムは聴いています。

AB: でもそうやって名人の演奏を聴くというのが、我々みんながジャズを学方法だと思うんだよね。コピーをするんだけど、スタイルを真似るのではなくて、ミュージシャンシップを模倣するんだ。それがフレージングや、イントネーションを教えてくれる。本当に重要な学び方だと思うよ。アイリーンのようなミュージシャンが他のシンガー達のためにこういう遺産を残してくれているからね。

M: 曲は特に決めていなかったとのことでしたが、いくつかメドレーがありますよね。

AB: ああ、メドレーについては考えてあったかな。クラブでの仕事で演っていたから、どんな風にするかはわかっていたんだ。

M: その曲はどうやってお選びになったのですか?

AB: アイリーンがセットリストを用意していたんだ、それで「何をやりたい?」「これにする?」「これはやめておこう」「こっちにしよう」という感じで、録音もそんな感じでやったのさ。

M: そうだったんですね。有さんもこのアルバム好きですよね。

Al: はい、大好きです。自分のアルバムのタイトルもWhere is Love?にしたくらいです。

AB: 本当!そうだね、曲はアイリーンだけのものじゃない。みんなのものだからね。

Al: ミュージカルのOliverであの曲を知って。

AB: そうなんだ、素晴らしい音楽だよね。

Al: ジャズを学び始めてからバリー・ハリスがWhere is Love? を弾いているのを聴きました。 “この曲知ってる!”って思ったんですよね。それで楽譜を探して歌い始めました。

AB: それは素晴らしい。さっきも言ったけれど、僕たちは一生懸命仕事して、自分のやっていることに集中するでしょう、でもそれが広まって言ったり人に影響を与えているっていうことがわからないんだよね・・・。

M&Al: いやいや、かなりたくさんの人に影響を与えてますよ!!!

AB: うん、そうだといいんだけど。カーディ・Bとかみたいなわけじゃないしね。彼女はミリオンセラーのラップ歌手ね。

M: (笑) ジャズミュージシャンがミリオンセラーになることはないですね・・・

AB: (笑) そうだね。古いジョークがあってね。僕らがジャズミュージシャンになったのは人混みが嫌いだから!っていうんだよ。

M: 私もです!(笑) それに、私たちは人と人のつながりや、会話をすることが大好きですよね。

ジャズに対するフィロソフィー

アランさんの音楽を聴いているといつも感じるのですが、コンピングをされるときに、ヴォーカリストやソロイストが一番輝くよう最善のハーモニーを奏でていらっしゃいますね。そして、ご自身がソロを弾かれるときは、心の通った美しいストーリーがそこにある。

AB: 有難う、メイ。

M: どのようにしてそのような、ジャズに対する美しい哲学、フィロソフィーをご自身のものにしてこられたのですか?

AB: そうだね、説明するのが難しいな。僕はオーケストラも好きでね、オーケストラも書くんだよ。なのでそれは自分のピアノの演奏にも現れていると思うんだ。それに、オーケストラを考えるとき、例えばシンガーがその曲を歌う時のように、僕はピアノを弦楽器かなにかのように奏でているのかな、と。もちろん弾いているのはピアノなんだけど、オーケストラのように聴いているんだよ。

インプロヴィゼーションをするときは、ただ直感的に弾いていると言っていいかな。それと自分のハーモニーの知識、リズムの知識、チェット・ベイカーたちみたいに美しいフレーズを創るということも大事。でもその時、自分はピアノ奏者というよりは、管楽器奏者やシンガーであるかのように自分のことを思っているんだ。その結果、僕のラインは声を連想させるようなシンギング・クオリティーになっているというわけ。

M: アメリカのAll About Jazzというサイトに8ページにわたるインタビューがありましたね。その中にあなたが学生の頃、レニー・トリスターノのレッスンを受けるために飛行機でニューヨークに通ったというお話がありました。レニーさんがレスター・ヤングのフレーズを彼の前で歌うように言って、OKをもらえるまでピアノを弾かせてもらえなかったというお話です。とても興味深いストーリーで、あのインタビューを読んで多くのことを知りました。

AB: 僕もそこからたくさんのことを学んだよ!最近のジャズピアノは、声と繋がりを感じられないことが多くてね。ピアノのテクニックを連想させられてしまうんだ。それは素晴らしいことだし、印象的だとも思う、でも自分は同じようにはできない。感動できないんだ。僕は、ピアノの音楽だけを求めているんじゃなくて、管楽器奏者のように自分に歌を歌ってくれているようなピアニストを聴きたいと思っている。ピアノの音楽を聴きたいなら、ショパンを聴けばいいでしょう。

M: おっしゃる通りですね。

AB: ショパンの音楽には素晴らしいテクニック歌心のコンビネーションがあるんだ。ショパンは彼の生徒にいつも”歌いなさい””歌わなくちゃ!”と言っていた。それがショパンだった。知っていたかい?

M: いいえ、そこまでとは。

AB: 素晴らしいピアニストっていうのは、シンギング・クオリティーを持っているんだ。ただテクニックが優れているだけではなくてね。

M: そういったことをアランさんはご自身の先生や過去の作品から学んだということなんですね。

AB: そう、特に僕はシンガー達と共演するから、そういう視点で理解する必要があったんだ。

M: それぞれのシンガーごとに、このような美しいアレンジを思いつくための方法はあるのですか?

AB: そうだね、即興で浮かんでくることもあるんだよ。ジャズシンガーっていうのは、君もわかっていると思うけど、フレキシブルなんだ。毎回全く同じことをしたいというわけじゃない。もしそうなら、つまり何も変えずに演奏するのなら、それはクラシックやポップスってことになる。でもジャズでは、毎回変化が欲しいでしょ。その方が面白いし、チャレンジングだし、楽しいから!ルールは曲げたって構わないし、リスクをとって冒険をする。それがジャズってもんでしょ。リスクをとること、そして愛をもって奏でること。

M:  そうですね。アランさんが演奏でリスナーの心に何かを伝えようとするとき、どんなことがもっとも大切だと思いますか?先ほど仰ったように、愛、ですか?

AB: そうだね、当然だけど、愛だけ考えていればいいってものじゃないよね。正しいコードを弾くこと、リラックスすること、音で会話をすることなんかもしたいと思っている。本物のジャズミュージシャンだったら、ヴォーカリストでも管楽器奏者でもピアニストでも、本当に何が起きるかわからないでしょう?だから人生も、ちょっと危険だけどそういう風に生きていくわけ。例えば”今日はどの曲をやるかわかっている、何千回と演ってきた曲だ。でも次に弾く時は二度と今日と同じようにはならない”という感じにね。だって違うものなんだから。そのことを考えると時々怖くなるよ。”どうしよう、どうしていつも同じことを同じようにやるという風にはできないんだろう、そうしたら心配しなくていいのに!”ってね(笑)

でもジャズはそうじゃないんだから仕方ない。それが自分たちの選んだ生き方だしね。だから、僕にはコードを変えて弾く自由があるんだ。”ここでこのコードは弾いたことがないな”って。でもそれは曲の前後関係を壊さない範囲でだけどね。もしそれをポップスでやってしまったら、というよりも、ポップスではできないよね。もしポップスやラップの曲、その他の商業的な音楽でコードを変えたりしたら意味が変わってしまうから。

ジャズのリズムについて

M: 過去のインタビューではリズムについても語っておられましたね。ジャズのリズムについては、どのように身につけられたのですか?

AB: ええと、リズムは、とても若い頃に理解したんだ。感覚がわかったというか。そして、ジャズのフィーリングというのはとても奥が深く、とても特別だということも。それはモダン・ピアニストのバド・パウエルやナット・キング・コールらによって変化していったんだよ。ピアノで”歌う”という力だね。それまでのテディー・ウィルソンやアート・テイタムといった素晴らしいプレイヤーたちの時代、ピアノはもっときらびやかな、飾りのようなものだったんだ。素晴らしいプレイだったけれど、ソロイストとリズムセクションの間に張力があるような、左手と右手の間の緊張した関係というものがなかった。そういうわけで、タイムはまっすぐ真ん中というわけじゃないんだよ。ソロイストはタイムを曲げられるということだね。

M: まさに。

AB: そして、君たちはそれを感じることができる。バド・パウエルが教えてくれたのは、リズムというのは僕が創っているインプロヴィゼーションのラインだということ。それは、リック(譜面に書き起こされたジャズの常套フレーズ)にはないんだよ。”boom chik boom chik boom chik”っていうポップスのリズムにはないんだ。”Do ba da ba da ba du ba pa da da”って僕がやったら、そのリズムが何だかわかると思うよ。1つ1つ細かく説明しなくてもわかるはず。”pa pa da da ba do du da”ってね。でももし僕がストレートに演奏したら(8ビートのように)、スウィングしていないよね。どうやって”pa pa pa du ba da ba du da” とやるのか、学ばなくちゃならないんだ。ピアノ奏者にとって、それを自然にクォンタイズするのは難しいことなんだ。管楽器奏者は自然にできるけどね。でもピアニストは正しい運指でそれをする方法を学ばなくちゃならない。テクニックの話はあまりしたくないんだけど、でも、僕にとって、リズムは曲や自分の弾いているラインになくてはならないものなんだよ。

M: 奏でるメロディーということですか?

AB: うん、そして、即興の時に弾くメロディーもね。

M: そうですよね。

AB: だから、全部同じ感じで”da-da-da-da”ってするんじゃなくて、”da-DA-da-DA” という風にアクセントがつく。そういうフレージングが弾けるようになるために、ピアニストは学ばないといけないんだ。

M: ヴォーカリストもです。

AB: そうだね、シンガーは自然にやっていると思うよ。自分の生徒を教えていた時に、ピアノでそれをやろうとすると固くなってしまってね。でも僕が”メトロノームを止めて、歌おう”って言ったら全てが変わったんだ。リズムがちゃんとそこにあった。僕らは自然にそういう風に歌っているんだね。それをどうやって楽器で弾くかは身につけなくちゃいけないんだ。だからシンガーは有利だと思うよ。素晴らしいシンガーはビリー・ホリデイのように、タイミングを押したり引いたりすることを知っているよね。アニタ・オデイも天才だね。彼女が日本のビッグバンドと共演しているビデオがYouTubeにあるよ。恐ろしいくらいすごい!観たことある?

M: 多分・・・。

AB: 本当にすごいんだ!彼女がレイドバックするところも、流動的に歌っているところも。彼女はさほど気にしている様子もなく、トップで漂うように歌っていて、しかもスゥイングしている!!

M: もう一度観ます!

AB: それがジャズの好きなところなんだ。あの感じ。それから僕の先生、レニー・トリスターノが言っていたことの1つにね、”ジャズはスタイルではない”という言葉がある。ジャズにはたくさんのスタイルがあるでしょう。でも、ジャズは”フィーリング”だって言うんだ。そしてまともなジャズミュージシャンになりたかったら、その”フィーリング”は欠かせない、と。そうでなければポップスやその他の音楽でもやるんだね、と。

M: そんな貴重なお話をシェアしてくださって有難うございます。私たちみんな、心に留めておくべき大切なお話ですね。

AB: そうだね。

Al: そうすると、アランさんはジャズのリズムはフレージングをしながら一緒に歌って、身につけたということなんですね?

AB: その通りさ。

Al: タイムだけではない、と。

AB: そうだね、メトロノームのようにタイムがしっかりしている、ということは大事だよ。でも僕はメトロノームじゃないから。メトロノームは放っておいてもストレートに行くでしょ。でも僕はその周りを曲がりくねって進んで行く。僕のプレイを聴いた時に、その感覚を掴んでもらえると良いのだけど。そう、メトロノーム は大事だけど、ね。だって、あんまりにも遠くに僕が行ってしまったら、タイムを引きずったり、走ってしまったりするからね。でもそんな中にも道は用意されていて、少し急いだり、後ろに寄りかかったり、という風にするんだよ。ゴムのバンドのような感じで・・・常に変化するんだ!シンガーがどんな風に感じているかによってね。同じ曲でも、ビリー・ホリデイが明日歌うのは、以前歌った時とは違うはずだから。彼女は自分が感じた通りに、おそらく、違うフレージングをするでしょう。そして、それこそが僕たちが求めているものなんだ。

M&Al: 本質をついたお話を有難うございます。

AB: いやいや、こちらこそ、有難う。

歌い手との演奏について

M: シンガーと演奏することのどんなところがお好きですか?

AB: オーケストレーションすること。ピアノでオーケストラのように奏でることかな。オーケストラが大好きだから、ね。アイリーンが長生きしてくれなかったことが残念だよ。やっと僕らしいオーケストラのアレンジの書き方をマスターできたのに、彼女のために書くことができないなんて。機会を逸してしまったよ。

M: そうでしたか・・・。オーケストラのように弾くことが大好きとのことですが、そのほかにもシンガーとの共演でお好きな部分はありますか?

AB: そうだね、そこに声がある、というのは全体でどうかという体験でもあるからね。僕にはお気に入りの作曲家がいるんだ。彼の音楽なしでは生きていられないくらいのね。グスタフ・マーラーだよ。

M: そのことも別のインタビューで拝見しました。

AB: どうやって彼が声に伴奏をつけるか、それは・・・説明が難しいのだけれど。”ギブ&テイク”っていう表現があるけれど、歌い手が少し何かをくれて、僕がそれを受け取る。そして僕が少し手渡す。そうやって互いに影響し合いながら曲を進めていくんだ。それがベストな方法。

M: まったくその通りですね。アランさんのピアニスト、アレンジャー、作曲家、指揮者としての今後の目標は?

AB: 将来って言ってもそんなに長くないよ、メイ。(笑)

M: そんなこと仰らないでください。アランさんにはずっと生きていて欲しいです。

AB: (笑) そうだね。アイリーン・クラールとの録音はずっと生きてると思うよ!

M: 目標にこだわらず、何か音楽を通じて伝えたいメッセージはありますか?

AB: うーん、同じだね。僕の目標は常にトライし、良くなること。この歳になってもね!未だに僕はオーケストラを、グスタフ・マーラーを、チャーリー・パーカーを理解したくて、骨を折っているよ。目標は決して終わることはないね!なぜなら、一旦とある部分に達したら、まだその先があるから。だから、僕らは決して終わらない目標を求めて、生きているというわけ。君達も、ある程度達成して、さらにその先へ、と歩んで欲しいな。

クリエイティビティーの源

M: ご自身をクリエイティブに保つ、その情熱の源は?

AB: 間違いなく、グスタフ・マーラーへの愛だね。こう思っているのは世界中で僕だけじゃないと思うよ。たくさんの人がそう感じているはず。彼の音楽は僕たちに、少なくとも僕に、他の音楽とは違う方法で影響を与えているんだ。110年、120年も昔の音楽だよ?マーラーは時を超えて僕の心を動かし、こう言うんだ。” アラン、僕は君に聴かせたいものがあるんだ”と。

それからショパンも同じことを僕にしてくれる。8歳の頃にショパンを聴いてね。僕の中の何かが語りかけたんだ。友達には言えなかったよ。8歳の友達に”ショパンが僕に語りかける”だなんて言えるはずもないよ。言ったらクレイジーだって思うだろうからね!でも僕は、それを自分自身の中で留めておいた。そこには常に音楽の力があるということがわかっていたんだ。そうして僕はジャズと出会ったんだ。ジャズにはすぐに夢中になったよ。今、目の前に存在しているということ。全ての音にね。素晴らしい即興演奏ができるミュージシャンは、いつも、今目の前で起きていることを大切にしている。それは禅にも通じるものがあると思う。方向性はとてもクリアなんだ。

M: まったくその通りですね。

AB: そう、グスタフ・マーラーや僕の好きなミュージシャンの力こそが、僕のクリエイティビティの源なんだ。

日本の皆さんへのメッセージ

M: 最後の質問になりますが、ジャズのどんなところを愛していますか?日本のシンガーやその他のミュージシャン、ジャズを愛する方々へのメッセージは?

AB: 僕が近いと感じているミュージシャンはビル・エヴァンス、特に病んでしまう前の若い頃の録音。そしてバド・パウエルはとてもとても重要。もちろんチャーリー・パーカーも。チャーリー・パーカーを挙げないわけにはいかないね。それから僕らが大好きな他のミュージシャンみんなも。 でも僕にとって一番重要なミュージシャンはマーラー、ショパン、バド・パウエルとチャーリー・パーカーだね。一生学んでいくものだからね。ジャズプレイヤーになりたいと思っていて音楽を愛しているシンガーやピアニスト、その他どんな楽器奏者にも言えることは、自分が好きだと思うものを見つけたら、そこから学ぶこと。その全てについて学ぶことだよ。

ビリー・ホリデイのビブラートが好きだったら、その全てを。彼女が小節線を超えてフレーズを歌うことが好きだったら、それをできるだけ詳しく学ぶんだ。街を歩いている時にも思い出せるように。その演奏のどこをとっても頭の中で止めることができ、ビリー・ホリデイが頭の中にいるかのようになるまで。もしそれができていたら、自然とそれらが君に教えてくれるようになる。コピーするのではなくて、君らしくなると言うことを、どうやってそうなれるのかということを教えてくれるんだ。 それがジャズを学ぶ方法なんだと思うよ。クラシックを学ぶ方法はもっと決められているよね、スケールを身につけて、ショパンの曲やエチュードを知っていなくちゃならないし、考え始める前になんでも知っている必要がある。でもジャズは、もう少しゆるりとしている部分があって。バド・パウエルは決してユジャ・ワンのようには弾かないからね。

M: 確かに。

AB: ところで、余談だけど、ユジャ・ワンを知っているかい?クラシックのピアニスト。僕の意見だけど、彼女はこの世で一番素晴らしいピアニストだと思っているんだ。ホロヴィッツやルービンシュタイン、ホフマン、ミケランジェリやそれ以外の素晴らしいピアニストたちも含めて、だよ。ラン・ランもいるね、でも、ユジャは楽曲をあたかも彼女が作曲したかのように弾く力を持っているんだ。昨夜観たインタビューでもそう話していたよ。演奏している時に、時々その曲を作曲しているかのように感じるんだって。そして、まったく違うジャンルを弾いているけれども、僕には彼女がジャズミュージシャンのようだということがわかるんだ。

M: 彼女の演奏を観てみますね!

AB: うん、彼女がラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を弾くビデオを観てごらん。聴きやすいと思うよ。彼女は他の誰とも違う弾き方をするんだ。クライマックスのシーンがすごいから。彼女は僕をがっかりさせないんだ。 彼女は僕に言われなくたって素晴らしいんだよ。いつか”あなたは素晴らしい”って、本人に言ってみたいけどね!(笑)

さて、僕が言いたかったのは、僕らが好きなこの音楽は、何かを売り込むためのものじゃないんだ。ギフトとして僕らのところにやってきたんだ。それからユジャは天賦の才能を持っているね。彼女はアートを愛する人の人生を意味あるものにするんだ。日本の人々はアートへの意識が最も高いということを僕は理解しているよ。本当にそう思うんだ。日本人の素晴らしいアーティストがたくさんいるよね。千年も前の伝統的な日本のアーティストは言うまでもないけれど。そういうわけで、アートへの高い感度というものが文化の中に備わっているんだよ。僕たちミュージシャンは日本のその点を最も高く評価していると思うよ。

M: 有難うございます。

AB: 事実を言ったまでだよ。

M: 涙で視界がにじんできました。アランさん、本当に有難うございました。私たち、とてもたくさんのことを学びました。

AB: 有難う、メイ。

このインタビューは2019年9月4日の来日ソロピアノ公演(下北沢ハーフムーンホール)の際に、主催者である村田太さん(神戸モダンジャズクラブ)の御厚意のもと実現しました。写真は村田さんのご提供によるものです。

インタビュワー・英文書き起こし・日本語訳はJVAJ代表メイ・オキタが担当。同行していたJVAJチーフメンバーの井上有さんとともに貴重なお話を伺いました。原文は下のボタンよりご覧いただけますので、そちらもぜひお読みください。

Alan Broadbent(アラン・ブロードベント) – バイオグラフィー

09.23.2011 Alan Broadbent streets and grand central station pohtos , New York, Juan Carlos Hernandez

1966年ニュージーランド、オークランド生まれ。19歳にしてダウンビート・マガジンの奨学金を取得し、ボストンのバークリー音楽大学に進学。1969年にウディー・ハーマンのバンドに抜擢され、3年間ピアニスト、アレンジャーとして活動を共にした。1972年、ロサンゼルスに拠点を移し、伝説的なシンガーであるアイリーン・クラールとの活動を開始。スタジオミュージシャンとしてもネルソン・リドル、デイヴィット・ローズ、ジョニー・マンデルらに招かれ多くの録音に参加。90年代初期にナタリー・コールの名高い”Unforgettable” に参加し、ナタリー・コールのバンドのピアニストとして、その後には指揮者としてもツアーに参加した。ナタリーの父、ナット・キング・コールに捧げた“When I Fall In Love”のDVDに参加し、“best orchestral arrangement accompanying a vocal”でグラミーを受賞。

その後、チャーリー・ヘイデンのカルテット・ウエストのメンバーとなり、ヨーロッパ、イギリス、アメリカでのツアーに参加。シャーリー・ホーンのアルバムに収められた、レナード・バーンスタイン作曲の“Lonely Town”で2つ目のグラミーを受賞した直後であった。.

自身のバンドのソロイストとしても”best instrumental performance”としてハービー・ハンコックやソニー・ロリンズ、キース・ジャレットと並んで2度、グラミーノミネートされた。2007年にはニュージーランドで栄誉ある”the New Zealand Order of Merit”を受賞。

現在は、ダイアナ・クラールがオーケストラとのコンサートをする際に指揮者を務める。“Live in Paris”のDVDにも指揮者として参加。グレン・フライの “After Hours”で弦楽器のアレンジを担当。ポール・マッカートニーの“Kisses On The Bottom”では6曲、ロンドン交響楽団のためのアレンジを手がけた。イギリス、ポーランド、フランスでのソロ・コンサートを成功させたばかりである。

生涯の目標をオーケストラのアレンジとジャズの即興を通じ、ポップスやスタンダードの楽曲により深いコミュニケーションと愛を見いだすことしている。

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

May Okita

ジャズシンガー&精神科医。2019年シアトルのオリジンレコードから1stアルバム「Art of Life」にてデビュー。全米・ヨーロッパを含む100以上のラジオ局でオンエアされ、ダウンビートマガジン(米)、ジャズジャーナル(英)を含む国内外の雑誌で「心洗われる歌声」「高い感受性による歌唱にいつわりのない心を見ることができる」と高評を得る。同年7月にはロサンゼルスの人気ジャズクラブFeinsteins’ at Vitello’sに出演。4年間のLA留学中にSara Gazarek, Michele Weir, Cathy Segal Garcia, Cheryl Bentyne, Tierney Suttonらに師事。Jazz Vocal Alliance Japan代表としては世界中のジャズミュージシャンとの交流を深め、情報交換や教育の場を創る活動を継続的に行なっている。