シェリル・ベンティーン fromマンハッタン・トランスファー (Cheryl Bentyne) : INTERVIEW & Masterclass in TOKYO 2018

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9回のグラミー受賞歴を持ち、マンハッタン・トランスファーのソプラノとして世界中で大活躍されている、シェリル・ベンティーンさんのインタビューと2018年のJVAJ主催のマスタークラス情報をお届けします。

Cheryl Bentyne

シェリル・ベンティーン(Cheryl Bentyne) バイオグラフィー

シェリル・ベンティーンがマンハッタン・トランスファーに加入したのは1979年で、1980年以降、彼らは10回のグラミー賞を受賞した。グループ全体として育っていくだけでなく、各メンバーがお互いに貢献し合うまぎれもない素晴らしい相性のもと、それぞれパートがうまく重なり合っており、もっとも成功しているグループとして高い評価を得ている。

シェリルには華々しい功績があり、記憶に残るものとしては“Meet Benny Bailey”でのソロ、ビデオ“Blee Blop Blues” でのルーシー役、SWINGでの“Clouds”での繊細で優美なジャンゴ・ラインハルトのギターソロや”Tutu”でのマイルス・デイヴィスのソロのヴォイシングが挙げられる。マンハッタン・トランスファーとは何たるか、彼女の才能はその多くを担ってきたと言えるだろう。

1954117日生まれ。シェリルは音楽一家に育った。父親は“The Benny Goodman of the Northwest.”として知られるミュージシャン。母親はパートタイムの歌手で、シェリルが音楽に興味を持つのはとても自然なことであった。彼女は演劇、クラッシックピアノにも興味を持ち7年間学んだ。もちろん、歌にも興味を抱き、父親のディキシーランド・スウィングのバンドとともに”Elks Club”という店で14歳の頃から歌い始めた。

高校卒業とともにシェリルはシアトル近郊に転居し、“The New Deal Rhythm Band.”のメンバーとなった。彼女の言葉によるとこれが 大学時代とのこと。4年間、そのグループで活動し、場所を問わず行く先々で観客を喜ばせた。彼らは演劇のスイングナンバーにコメディーと即興を織り交ぜて演奏した。奇抜なパフォーマンスと独創的な衣装が特徴的なバンドであり、それは初期のマンハッタン・トランスファーと非常によく似ていた。彼らはシアトルで大評判となり、西海岸をツアーで旅した。フェリーでのプライベートパーティーで演奏していた時、シェリルは乗船していたプロモーターにその才能を認められた。その1週間後には契約を結びロサンゼルスへと拠点を移し、すぐに定期的な演奏のオファーを得るようになった。“2年間、The Troubadour The Bla Bla Caféで歌っていました。すごく楽しくて、仕事をしていることを忘れてしまうくらいだったわと彼女は語る。

1979年6月、彼女がLAの小さなジャズクラブThe Baked Potatoに出かけたところ、マネージャーからマンハッタン・トランスファーのオーディションを受けないか、と打診された。シェリルはマンハッタントランスファーのレパートリーの人気の数曲を準備し、オーディションへ。そしてオーディションの翌日には、新しいソプラノとして加入することに。

彼女のマンハッタントランスファーとしてのデビュー作は “Extensions”というタイトルで、グループ史に残るようなアルバム出会った。彼らの大ヒットは続き、シェリルの才能も開花していった。彼女は作曲されたものだけでなくヴォーカルアレンジされたものも歌い、可能性を広げて行った。1985年にボビー・マクフェリンとともに“Another Night In Tunisia,”のヴォーカリーズが評価されグラミー賞を受賞。Offbeat of Avenues“Sassy”に作詞もした。他のアーティストのレコーディングでもその才能を発揮しており、1989年録音のベーシストのロブ・ワッサーマンとのデュオのアルバムは高い評価を得た。1991年の映画“Mortal Thoughts”のサウンドトラックも歌ったが、リリースされなかったため聴くためには映画を見る必要がある。またジャニスとのチームで“Dick Tracy”のサウンドトラックにも参加したが、CDになる段階でカットされている。

シェリルは1992年にコロンビアレコードからソロアルバムをリリースした。作曲家でありトランペッターのマーク・アイシャムとのコラボレーションで、彼はプロデュース、アレンジを手がけ、演奏者としても参加している。

2000年には彼女が新しく取り組んでいたコール・ポーターの曲とウィットに基づく歌とダンス、時事風刺を取り入れたミュージカルのオリジナルキャストによるアルバムを録音し、発表した。

2002年には “Talk of the Town”というソロアルバムを録音、発表し、これが彼女の日本での制作活動の成功のきっかけとなった。のちにスウィングジャーナル誌からの数々の賞を受賞することとなる。当初は日本のみのリリースであったが、2004年にテラークレーベルより米国でもリリースされることとなった。

2003年、シェリルはAmong FriendsというタイトルのDVDをリリース。この素晴らしいセッションはCorey Allen(pf),Grant Geissman(g), Kevin Axt (b) David Tull (ds)らをフィーチャーしている。シェリルとバンドのライブ録音を記録するという意図で行われたのではなく、ハイレゾの録音を5.1チャンネルサラウンドのミキシングで、という探求のためであった。AIXレコードはイコライザーやダイナミクスの処理加工、人工的なリバーヴを使わず、ミュージシャンがプレイしたものだけがオーディエンスに聴こえるようにした。

2003年にはさらに2つのソロアルバムを発表。ゲストヴォーカリストと実験的な歌唱に取り組んだMoonlight Serenadeは、日本でもキングレコードよりリリースされている。

日本のキングレコードからの4枚目のアルバムは、Cheryl Bentyne Sings “Waltz For Debby”というタイトルで、これは過去最高のヒット作となった。ケニー・バロン、レイ・ドラモンドとの、音楽的に親密な、彼らの信頼関係が伝わってくる録音である。CD Babyでは“New York Sessions”として、リリース、発売された。2004年からシェリルはテラークレーベルに所属することになり、Talk of the Townを発表。テラークからの2作目は、Let Me Off Uptownというタイトルで、伝説的なジャズシンガーであるアニタ・オデイの声や音楽性に追悼を捧げる作品である。ジャズの歴史においてもっともよくスウィングするヴォーカリストの一人であるアニタの歌唱は、それぞれの曲に独自の声の調性、注目せずにはいられない即興スタイル、生来のリズムセンスの良さが色濃く現れている。

“The Book of Love”はシェリルのテラークレーベルからの3作品目である。Wayne Johnson, Bob Sheppard, Corey Allen, “Take 6”のヴォーカリストMark Kibble とAlvin Chea.を迎え録音した。シェリルはその後キングレコードでコールポーターソングブックを録音し、彼女自身のレーベルLa Dee Dahからワールドワイドにリリースされた。

彼女のキングレコードでの最終作はガーシュインソングブックで、ArtistShareというレーベルでも入手可能となっており、現在も世界中で人気の作品である。

彼女の目下のプロジェクトにはリラクゼーション音楽の”BLISSONGS”があり、ホワイトスワンレコードとニューリーフディストリビューションからオンラインで聴くことができる。

シェリルは最近若手のビッグバンド作曲家でありトランペットプレーヤーのエリオット・ドイツと出会い、ロサンゼルスの熱狂的なファンの前で、新しいサウンドを披露した。

シェリルは近年南カリフォルニアで暮らしながら、マサチューセッツのサドバリーにある1836年に建てられた農園のある家も所持し続けている。娘のZoeは16歳で、彼女もまた非常に芸術的な人でありすでにプロの写真家、女優として活躍している。

シングズ・ワルツ・フォー・デビーBook of LoveTalk of the Townソングズ・オブ・アワ・タイムザ・ライツ・スティル・バーンコール・ポーター ソング・ブックLost Love SongsLet Me Off Uptown ExtensionsBodies & SoulsBest ofMecca for ModernsThe Manhattan Transfer Anthology - Down In BirdlandManhattan TransferVocaleseBrasilToninBop Doo WopSpirit of St Louisアメリカン・ポップ

シェリル・ベンティーン(Cheryl Bentyne) インタビュー

 

  • シェリルさん、こんにちは!2018年8月26日(日)に一日中シェリルさんと一緒に歌えるマスタークラスをJVAJで開催できることになり、とても光栄です。(シェリルさんが頻繁にツアーで来日されていることは存じていますが) 日本に来るにあたり、今の心境はいかがですか?

 

第二のふるさと日本を訪れるのは大好きです。たくさんの友人、素晴らしいシンガー達がいますから!ジャズヴォーカルをこんなに大切にしてくれる場所は他にはありません。日本は大好きな場所です。

※マスタークラス詳細はインタビュー下のフライヤーをご覧ください。受講者枠は満席となりましたが、聴講者と講師デモ演奏のみのお席は引き続き受付しております。

  • 今年はシェリルさんと直接お会いして一緒に歌える機会を本当にありがとうございます。たくさんの日本人生徒さんをこれまで指導なさってきていますよね。このように国際的に仕事をすることのどんなところがお好きですか?

 

アメリカのボストンにあるバークリー音大で教えていた頃、そして、最近ではロサンゼルスの自分のワークショップで、たくさんの日本人の生徒を指導した経験があります。

とても熱心に取り組み、よく音を聴く生徒さんが多かったです。それは、私にしてみると、フレーズとヴォーカルスタイルを学ぶキーポイントだと思います。

 

  • シェリルさんの音楽におけるアイドル、ヒーローのようなミュージシャンはどなたですか?大好きなミュージシャンを教えてください。

 

私のヒーローにはシンガーと楽器奏者両方がいますね。

強く影響を受けたシンガーは、バーブラ・ストライサンド、ジュディー・ガーランド、シャーリー・ホーン、カーメン・マクレエ、サラ・ヴォーン、オードラ・マクドナルド、ルーファス・ウェインライト、K.D.ラング、フランク・シナトラ。

楽器奏者では、ベニー・グッドマン、私の父親、マイルス・デイヴィス、ジャンゴ・ラインハルト、アストル・ピアソラ、ハービー・ハンコック、まだまだたくさんいます!!!!!!!

 

  •  ジャズを歌うことのどんなところが一番好きですか?ご自身のジャズシンガー、パフォーマーとしての長所は何だと思いますか? 

 

ジャズを歌う中でいちばん好きな部分は、大胆に、自由に発すること、自分の音を信じて毎回フレージングを変化させる試みをすることです。

リスクを受け入れた上で挑戦すること。

私の長所は、自分自身がストーリーテラーであること。幅広いヴォーカルレンジを持っていること(年齢が少しレンジに影響を与え始めてはいますがそれでも)で、何オクターブもの音程で歌うことができることです。

 

  • レコーディングについてはいかがですか?これまでにマンハッタン・トランスファーのメンバーとしてたくさんの素晴らしい作品を創って来られていますが、シェリルさんの個人のプロジェクトも大好きです。特に新しいアルバムに関して、制作のご経験をシェアしていただけますか?

Rearrangements Of Shadows

私の新しいCDは”reArrangements Of Shadows”というタイトルで、スティーブン・ソンドハイム(アメリカのミュージカル界に半世紀以上にわたり貢献し、よく知られている作詞・作曲家)の音楽です。

これは大好きな仕事で見返りなくやりました。不安はありながらも、心から楽しんで取り組めたレコーディングです。ずっと彼の曲を歌いたかったけれどやったことがなかったので、スタジオに行くまではドキドキしていました。

セルフプロデュースをしたのですが、自分でもよくやったと思っています。ソンドハイムの曲はとても複雑で、チャレンジングでした。素晴らしいジャズミュージシャンと、慣れ親しんだ曲をアレンジしたり演奏して、新しい境地へと導けたらと。

ザ・ジャンクション

マンハッタン・トランスファーの方は、前作のCDを出してから新作の”The Junction” を作るのに10年かかりました。ここ4~5年はメンバーが体調を崩すことが何度となくあったので、ただ集まってツアーをするしかなかったというのもあります。

ティムなしでツアーをしたり、私がいない時もありました。ティムが亡くなってからは、私たちは、とにかくやり続け、歌い続けなければならない、と思っていました。

トリスト・カーレスが新しいメンバーになり、新しい音楽を創る時が来たので、私たちはマーヴィン・ウォレンにプロデュースをお願いしました。

彼はテイク6の設立メンバーで、スタジオや映画音楽の両方の道で成功しています。マーヴィンは新しいけれど、でも完全にマンハッタン・トランスファーの良さを持ち合わせた音楽を生み出す手助けをしてくれました。この作品をとても誇りに思っています。

 

  • どのようにして指導者として教えることになったのですか?教えることのどんなところが好きですか?先生としていちばん大切になさっているのはどんなことですか?教育者としての目標は?

教え始めたのはもう何年も前のことになります。バークリー音大に招かれて、パフォーマンスを教えて欲しいと依頼されました。

1年間バークリーで勤めて、若いシンガー達との時間を楽しみました。私の方が、彼らにとてもインスパイアされました!

若手のシンガーが、自分自身を信じることができるように、自分自身をベストな状態に持っていけるためにできることはなんでもする(それはとても大変なことですが)ように導くことを心がけています。

独自性のある人になる(自分らしくある)ために懸命に取り組めるよう、そして、自身のアートに従事しながらのびのびと成長していけるようになって欲しいのです。

 

  • マンハッタン・トランスファーのメンバーとしての活動と、個人のソロプロジェクトでは、ご自身の役割に違いはありますか?そして音楽性にも?メンバーとして、そしてソロシンガーとして、どんなことに気を配っていますか?

 

お分かりの通り、この二つはとても違います。マンハッタン・トランスファーで歌う時は、グループのダイナミクスを意識しています。これはとても面白く、創造的でチャレンジに富みます。お互いに全員が関わり合います。お互いを大切にする、民主主義ですね。その上で、声を合わせて行きます。お互いのメンバーが大好きで、私が思うには、それがハーモニーにも表れていると思います。

ソロのアーティストとしては、すべて私に委ねられています。選曲も、歌い方も、活動の計画も演奏のブッキングも。異なる形でのやりがいがあります。歌もより広がりを持って、そして、賭けに出るようにチャレンジをすることができます。

 

  • どのようにご自身をクリエイティブに保ち、周りの人に与え続けることができるのか、教えてください。

 

シンプルに、自身の音楽を育て続けることと、聴き続けること。

そこには必ず変化があります。声は変化するものです。

でも目的は変わりません。

自分自身を幸せにし、周りの人に音楽を伝えること。

音楽は人を癒してくれます。音楽は身体も回復させると証明されてきています。私はそれを信じているんですよ。

 

  • 最後の質問になりますが、ジャズのどんなところを愛していますか?日本のシンガーに何かメッセージはありますか?もしよろしければ教えてください。

 

繰り返しになりますが、私はジャズの自由さが大好きなの。

音に対して確信を持って歌うということも。
私はそういう歌声を”The Authentic Voice”(本物の歌声)と呼んでいます。

そこにはあなたしかいないのです。あなたはユニークな存在で、他の誰とも違う歌声を持っています。

自分という個人を受け入れるということですね。

自分がどんな人であるのか、その通りの歌を歌うこと。

これが私のヴォーカルスタイルの指導の基本にあります。

それぞれのシンガーに、自分の心に訴えかける曲を選んでもらいたいです。その理由をぜひ理解していて欲しいのです。どうしてあなたはその曲を選んだのか?それはあなたにとってどんな意味があるのか?

本物になりましょう。

一生懸命、喜んで取り組める人になりましょう。

呼吸、身体の使い方、心の声に向き合うこと、ストーリーを語ること、パフォーマンス、それらについて、色々なレベルの方と(レベルを問わず) 一緒に取り組みたいと思います。

 

たくさんのシンガーがシェリルさんの来日を楽しみにしています。素晴らしいインタビューのご回答、有難うございました!!

2018.8.26(日) シェリル・ベンティーン  マスタークラスのご案内

※受講者枠は満席となりましたが、聴講者と講師デモ演奏のみのお席は引き続き受付しております。